
《キャリア教育推進部より生徒のみなさんへ》
「テスト勉強をしながら何が学べるのか」について関心がもたれることが少ないので、あえて述べてみようと思う。試験の前には、有り体に言えば欲しい「得点」に目がくらんでいるために伝え難く、語れなかったので今になったと思ってもらいたい。
誤解なきよう、言い添えるが「テスト(勉強)におけるキャリア教育」であって、キャリア教育のテストでもない。キャリア教育として、どのようにテストやテスト勉強を引き受ける必要があるかと言うことである。テストに何が出題されるのかを考えるのは、危機管理意識の涵養だと考える人がいる。これも立派なキャリアマネジメント視点だと思う。しかし、今ここでは「勉強をしながら」に関わることにしぼり、テストの出題をどのようにとらえるかという問題は外縁部として扱い、棚上げしておく。何でも勉強だと言ってしまえば身も蓋もない話だが、しばらくお付き合い願いたい。
中学生も読んでいることと思うので、少し冗長になるが説明する。進路指導や特進担当でなくとも「得点の仕方」をどのように獲得するかという話を折に触れてしている。
先々週、高校3年生専攻選択クラスに伝えたことから聞いて欲しい。現代文の授業でテストについて範囲と対策を少し述べた。単元A、単元B(それぞれA、Bと略す)を教科書で履修、それぞれから漢字の出題もある。勉強の時間をかけただけ、必ず獲得できるのは、例えば「漢字」であると説明する(たぶん小学生でも知る真理だ)。こういうのはだれでも聞いた話だ。そこで話に具体性をもたせてみることにした。A、Bの原文を配布して、それぞれのテスト勉強に供してみた。テスト勉強を手伝ったという側面もあり、喜ぶ生徒もいるが、教員サイドからは、どんな試験対策をしているのかを簡単に掌握する方法の一つとして実践しているところもある(これを読んだ生徒は、多少なりとも驚くだろうが、そういうことである)。
Aは2130字、Bは4960字で難読の文字について述べてもAに比してBが多く、大正期の小説であることも手伝い、字訓についても厄介なものが目立つ。A、Bの出題に加え、補助的に、今回はCとして210の小問の中から、そのまま出題する設問があると言い添えている。さて、しっかりと得点するためにどのような手順で試験勉強をするか、これは、キャリア教育としての初級の問いかけ、あるいはそれ以前である。読んでいる中学生には、少しハンデがあることもお話ししておこう。高校生は全員、5月1日に大学生による経営学のプレゼンテーションを聞いている。また、高校3年生は現代社会を履修し、基礎的な経済学にもわずかだが触れている。したがって、高校3年生は先の質問には明確に答えることができるのだ。覚えたらすむような漢字の学習についてはA、B、Cの順あるいはA、C、Bので取り組む方が時間効率とテストまでの残り時間から来るストレスを回避するためにはいちばん良いと。
わかりにくければ、文字を読む時間、漢字など一項目を覚える時間が均等であるとするなら、手早くかたづけられるのはどれか?と問われていると考えれば良い。これならわかるだろう。A、Bはテスト対策のために覚える対象を確定すべきだから、Cがすでに覚えるための教材として整えられている点からするとBCの取り組み方には個人差がでる。こんなこと大仰に言うこともあるまい。言わんとすることはまだまだ先にある。
学習、勉強には、「わかる」ことがキーワードとして使われる。ここに一石と投じておいた。別に隠すこともなかろうと思うのでここに記す。この春に中学入学の決まった人たちに、「わからないところこそ大切だ」「わからないことを喜べ」と教えた。それは勉強の効率とは、「勉強する前とした後の変化の大きさ」で測ることができるからだと伝えた。わからないことが分かったときにこそ、学力の伸長があることを誰もがわかりながら、わからないことを避けようとするのがどうやら世の常だとも。「わかること」だけを求め続けるのは、実は空しい。
少し話題が逸れたように思われたかもしれないが、上の「効率」をさらにすすめて考えると「変化率」という言葉あるいは数値で表せる。幸い、相愛中学校高等学校では、先にも述べたように大学で学ぶようなことも少しずつ生徒のみなさんに啓いているので、経営学やIT用語として用いられているROI[return on investment]ならびにその派生であるROT[Return on time]を紹介しよう。(あらかじめ弁明しておくが、後者は経営雑誌ではしばしば見られるが、web上の経営用語にはほとんど見られないので、小稿ではどの程度の認知であるのか、学術上のそれを述べるものではないと理解してもらいたい。)
ROIは、投下した資本に対して、どれだけの利益が生じたかを測る指標である。投資利益率、投下資本利益率というが、投下資本の適性を云々する費用対効果という言葉なら聞いたことがあるだろう。話が中学生・高校生に馴染まないと思わず、もう少し聞いて欲しい。生徒にとって、知識学力に交換できる財貨に該当するものは、時間と努力であるという。ROIと比べて、投下資本でなく投下時間と置き換えての指標がROTである。何をくどくど言ってくれているんだ、時間あたりの勉強の効率の良さを言っているだけなら、そんなことはわかっているというのが読んでいる方の真っ当な声だろう。笑うことなかれ、用語とはこの程度のことをたいそうに言っていることもあるのだ。ここで終われば、目先論になるのであと少し、続けてみよう。
成績の伸びは何を言っているのだろうか。経営用語から拾ってみよう。おそらく成績の伸びというものは、企業体の業績や株主の効率性に該当するのではなろうか。もっている力がどれだけ伸びたかなどと学力の伸長をいうが、学力偏差は他者との相対性が入り組んでいるために、企業利益を総資本で除したROA〖return on asset〗よりも厄介な面はあるものの、これに当たるとみていいように思う。
さて、学習面で生徒の皆さんは「時間における学習の効率」と「成績の伸び」どちらが気になるだろうか。近年、米国ではROE〖return on equity〗(自己資本における利益率)をROAやROIよりも重視するようになったとか。異業種間の比較や国際競争から他国企業との業績比較にも用いられ、資本家の収益性検討の指標となっているという。過程や努力ではなく結果を求めるということなのか。実に厳しい目線であるように思う。どれだけ伸びたかということさえ、比較指標にさらされるというのは、どこか勉強に似ていると思うが企業実績のように、はじめから結果を求めてイイモノかどうかは意見も異なることだと思う。
社会科学つながりで蛇足になるがもう一点。先日、現代社会のテスト監督をしながら、需要供給曲線の出題があったのでぼんやりと眺めていた。供給曲線は、費用と数量の軸に相関関係を表す曲線を描くので、勉強量と学力の相関関係を見ているような気にさえなったのである。一方、需要曲線に該当するものがmotivationであったりするのだろうかと思っていたのだった。さしずめ均衡点は、学習満足度というところか。二本の曲線で構成されたマトリクスにはどんな意味を見いだすことができるだろう。
すこし、言い過ぎた感がないではないが、ここまで興味深く読めた方にはJ.ボードリヤール『消費社会の神話と構造』をお勧めする。ちょうど30年くらい前に紹介された知見で、人の消費にも神話(人が信じて疑わないもの。ロランバルト以降の用語。受験必須の概念。)が存し、それを分析した高著。現代消費社会を分析した名著を勉学や学校選びに重ねてみてほしい。消費対象化されてしまった勉学(幸いにして消費対象にならなかったものもあると思うが)にも応用できると私は思う。社会学を学びたいと思う人にもお勧めだ。ここで詳しく触れるのは避けておこう。もちろん、これを紹介するには理由あることだが、興味ある生徒の皆さんはその勉学の成果を小稿の筆者である私にも啓いていただきたいという願いもある。
「テスト(勉強)におけるキャリア教育」と題して、経営学・経済学を結んだ視座を作ってみた。キャリア教育の一端を表に出してしまうことにためらいもあるがこれくらいなら問題はなかろうと思う。また一方で、学習と経営学・経済学の視座はもっと細かに見ることができるようにも思うが、それは学問に従事する方々にお任せすることにしたい。学び手としての我々は、多くヒントを得ることのできる立場を存分に楽しみ、謳歌したいと思わねばなるまい。学びは鍛練ともなるが、苦しいばかりではなく、ときに愉快でならないこともある。学びの愉悦に浸ってもらいたいと切に願うところである。最後の数段落は理解のためにはあまりに急峻だったと思うが、これも学習。登山道にお花畑は続かないと心得られよ。お花畑だけがあるのは、公園でしかない。登るべき山ではないのだ。登るには適当な険しさが必要であるが、険しさを愉しむ人もいる。仕事にも、クライマーズハイは存するというが、勉学にもあると見ていて良いと思う。
往々にしてテストとは、そうしたクライシスにも繋がる入り口のひとつである。繰り返しいうが、小稿では社会科学に生徒学生にとって身近なものをあてがってみた。社会科学にさらしてテスト(勉強)を見通したとき、何が見えるかを綴ったが、社会で起こりうることは学生生徒にとってのテスト(勉強)や勉学にも起こりうるのではないかという視点を喚起できたなら、読んでもらって良かったと思う。小稿にとって望外の喜びである。勉学における経営危機はどこから来るのかなどと新たな課題も掲げられないでもない。勉学の対象を科学するのでなく、勉学することそのものを科学することができよう。生徒の皆さん諸賢の考察を乞う。
文責 キャリア教育推進部 部長 若生哲