「沙羅の木だより」その27

「沙羅の木だより」その27


令和元年9月20日


 9月も下旬に入り、昼間の暑さはまだ残っていますが、さすがに朝晩は凌ぎやすくなってきました。相愛生の近況はというと、新学期が始まっておよそ4週間が経ち、夏休みの疲れでしょうか、少々お疲れモードの皆さんがちらほら見受けられます。そんな中で高3生にとっては、希望進路の実現に向けた試練の時がいよいよスタートしました。泣いても笑っても、この数カ月のがんばりがこれからの人生を大きく左右します。悔いの残らないよう、最後のさいごまで精いっぱい努力を続けてほしいと思います。為せば成る!


 さて、「実りの秋」や「食欲の秋」など、秋にはさまざまな修飾語が付きます。いろんな農作物が収穫される季節ですが、果物の中で私が好きなものは『二十世紀梨』と『デコポン』です。デコポンについては後述するとして、ここでは二十世紀梨について少し触れたいと思います。まず、二十世紀は「にじっせいき」が正しい名称であり、「にじゅっせいき」ではなっしー! 1888年(相愛女学校創立の年)に千葉県松戸市で偶然発見された品種が1904年に鳥取県へ導入され、その後、県内に普及し今では鳥取県産なしの8割を占めています。二十世紀は青梨系の代表品種で赤梨系の『幸水』、『豊水』に次いで、日本の和なし生産の13%を占める生産量第3位の品種で、鳥取県を代表する特産品となっています。ちなみに、鳥取県の県花は二十世紀梨の花です。幸水や豊水に比べ少し値段が高めなのですが、甘みと酸味のバランスが良く、スッキリとした味わいで果汁が多い二十世紀が私は大好きで、旬の季節のいま、毎日のように食しています。プチ自慢で恐縮ですが、私は二十世紀梨を果物ナイフでらせん状に皮をむき切ることができます。(ほんとうなっしー!)

20190920_saranoki_01.jpg


 大昔の大学時代、オンボロ寮で寝食を共にした同学年の一人に、鳥取県出身のN氏がいました。毎年秋になると、倉吉市の実家からLLサイズの新鮮な二十世紀梨が段ボール箱いっぱいに届けられ、N氏はうれしそうに寮生に振舞っていたものです。標準語での会話に課題のあった法学専攻のN氏は、黒縁牛乳ビン底眼鏡をかけ、いつも『どてら(丹前)』を着込んで、有斐閣の『ジュリスト』を読んでいました。普段は真面目で寡黙なN氏でしたが、アルコール、とりわけ日本酒が大好きで、酔いが回るとまったく別人のように陽気になり、十八番の鳥取県民謡『貝殻節』を自ら合いの手を打ちながら、大きな声で唄ってくれたものです。卒業後、故郷で労働基準監督官として働いていたのですが、30歳を目前にしたある日、N氏は突然亡くなってしまいました。11月のある日曜日、地元の大山に登っているとき、季節外れの寒波に遭遇し帰らぬ人となってしまったのです。「何の因果で 貝殻漕ぎなろうた カワイヤノー カワイヤノ」それ以来、私が貝殻節を聴くことはなくなりました。N氏のありし日の姿を偲びつつ、大好物の二十世紀梨をいただいている今日この頃です。

合掌

沙羅の木だより一覧

「沙羅の木だより」その27

「沙羅の木だより」その26

「沙羅の木だより」その25

「沙羅の木だより」その24

「沙羅の木だより」その23

「沙羅の木だより」その22

「沙羅の木だより」その21

「沙羅の木だより」その20

「沙羅の木だより」その19

「沙羅の木だより」その18

「沙羅の木だより」その17

「沙羅の木だより」その16

「沙羅の木だより」その15

「沙羅の木だより」その14

「沙羅の木だより」その13

「沙羅の木だより」その12

「沙羅の木だより」その11

「沙羅の木だより」その10

「沙羅の木だより」その9

「沙羅の木だより」その8