校長からごあいさつ

校長安井大悟

「いのち」は目に見えませんがありますね。とても大切なものです。まず、「いのち」の受けとめ方を三つ挙げましょう。

一つは、仏さまから「いただいているいのち」です。私が仏さまからもらったというのではなく、私の身体でお預かりしているの意です。預りものを粗末にしていいはずもありません。しかし、私の身体は有限です。無限の“いのち”の繋がりの中の一人として、私が今、お預かりしている間に“いのち”を磨く役目を負っているのだと考えましょう。

二つは、仏さまから「願われているいのち」です。私の“いのち”の誕生をどれ程多くのお身内やご両親が願い続けておられたでしょう。同じように仏さまは、私たち一人ひとりを仏にしようと願われているのです。なぜなら私たちは、人として生まれ仏に成るための縁をいただいているのですから。

三つは、仏さまから「支えられているいのち」です。多くの因と縁に支えられた私は、こうして今ある存在へと組み立てられました。そして仏さまが支えてくださっています。そして、数限りない多くの“いのち”が食べ物となり私の身体を支え、やっと私の中で“いのち”が生きているのですからね。

この“いのち”をただ生きるのではありません。何を拠りどころとしていきるかが“生きる意義”にあたります。宗教的情操を涵養する教育の目的がここにあります。その人のものの見方や考え方に作用し、その人の人間性や所作となってあらわれてくるものが宗教的情操なのです。これは、まわりにいる人たちに少なからず影響を与え、社会の価値観を豊かにする力を有するといわれます。

この宗教的情操を具えて、「いのちを大切にする」生き方を歩む若者を育成する教育がわが校の目指すところであります。